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アルビのとりこの日記

4月28日

足がすくんだ城ヶ崎

城ヶ崎海岸は、昔の火山の噴火によってできたリアス式の海岸で、入り江が奥まで入りくんでいたり、いきなりの断崖絶壁が現れてくる。
高い場所は決してキライではないが、足がすくむことがある。
この門脇吊り橋でも、途中で足がむずむずして引き返してしまった。
高さ23mの所に長さ48mの吊り橋なんだそうで、下を見れば大きな窪地に波が寄せていた。
 
夕方だったので少々くらくなっていますが、この時間帯でも引きも切らず人が来て、こわごわと渡っていきましたな。
 
 
橋の上から、横の崖を見ると・・・・
 
まさに断崖絶壁・・・コレを見ても足がすくまない人もいるんだから、世の中、広いってば広いやね。
 
橋の真下
溶岩の押し出しなのか、波の浸食なのか大きくえぐれていた。
自然の力ってすばらしいモノがあるが、見る者を畏敬の念に駆り立てるほどのパワーは強烈だ。
 
 
さて、少し味覚でも・・・と言っても1品だけですが。
今は3月に解禁になったシラスの旬
伊豆では生シラスの丼が食べられるとのことで、楽しみにしていた。
エラク傷みやすいシラスを生で食べるってのは、よほど漁港が近くないと難しい。
肝心の生シラスがぼけぼけのような気もするが・・・
なかなか食べられない珍味をたっぷりといただきました。もちろんビールも。
 
高校の時の同級生というのは、何年会わなくとも、すんなりとあの頃に戻れるって、不思議なモノだね。
 
 
 
 
4月27日

伊豆は滝が多いところ・・・だった

伊豆方面の旅行は25年以上も前で、もちろん「天城越え」なんて歌は登場しておらず、アチコチ記憶と重ならないところが多かった。
温暖で雨の多い土地柄なのだろう、アチコチに有名な滝があった。
 
まずは、湯ヶ島にある浄蓮の滝
高さ25m、幅7mだそうで、滝壺は深いようで濃緑色になっていた。
日本滝百選の一つだそうで、大きくはないが品格のある滝のように思えた。
 
 
次に河津七滝の一つ初景滝(しょけいだる)
 ココは滝をタキと呼ばずにタルと読むようで、一つ一つの滝もダルと濁ったりタキと濁らなかったり。
滝の前に「伊豆の踊子」のブロンズ像があった。
旅行中、いくつかのブロンズ像に出会い、ココは小説の舞台となった所なんだなぁ・・・と。
 
ハナシに聞いていた河津七滝ループ橋
この写真は車の中からだし、ほとんど渡りきったところだったので、一部した撮れていないが、勇壮な橋だった。
なんでも、「かつては山に沿って国道がつづら折れになっていたが、1978年伊豆大島近海地震で山腹の道路が寸断した。その後、通行の利便性と高低差を解消し、地震による土砂崩れの教訓を生かした工法を採用し、1981年にこのループ橋が生まれた。」:ウキから引用・・・だそうで、通ってみたが前後が見えにくいので、エラク緊張した。
 
 
 この旅行は連泊したので、伊豆半島を半周することができた。
天城をこえて、行きましたよ石廊崎灯台
強風の中、足を踏ん張って先端まで行ったが、本当のことを言うとみんなが行くから行ったけど、怖かった。
下の岩場では磯釣りの方々もいたが、太平洋の波が牙をむき始め、皆さん早々に引き上げていた。
 
 
リアス式海岸の城ヶ崎に行きましたし、江ノ島で生シラス丼なども食べたので、もう1回だけ書けるかな・・・と思っています。
 
4月22日

天城越え

イタリア旅行記でつづくにします。・・・と書いておきながら、とうとうつづけられず、また別のことを書こうとしています。
 
 
先週、高校時代の悪友達と小旅行をしたので、そのことでも・・・と。
高校は、ある運動部の部活動をしていたが、体育会系は絆がしっかりとしていて、数年ごとに同期が集まっている。
我々が高校生だった頃は、夏休みの合宿だって空いている教室で雑魚寝をしたし、練習の後にシャワーを浴びて着替えるなんてこともなかったので、年中汗くさかった。
その地域では、進学校と目された学校だったせいか、学業にもそこそこ精を出さなければ「部活なんぞ止めちまえ!」と言われるので、なんだかんだと忙しい学校生活だったように記憶している。
そんなことで、高校が終われば全国に散らばっていき、今回は6人集まったが4県にまたがっていた。
 
湯沢にリゾートマンションを持ってるヤツの家にアチコチから集まってくるってのが、通常のパターンだったが、マンションの様な滞在型のリゾートホテルが伊東にあるから・・・と今回の旅行となった。
 
幹事が車を出してくれ、到着したホテルはここ
建物全体は、リゾートマンションとして売り出されたようで、その一部をホテルとして利用していて、部屋の間取りはまさに一戸の家だ。
2つの寝室と、広いリビングダイニング、キッチンもあり、冷蔵庫、電子レンジもついていて、自炊も可能になっている。
誰も食事を作る気はないので、冷蔵庫はもっぱらビールを冷やすことと氷をつくるだけだった。
 
北国の人たちは、「いつかはミカンの実る土地で暮らしたい」と望むようだが、実現した方々もいるんだなぁ・・・でも、ココにはアルビがないや。
 
ミカンと言えば、今が夏みかんの旬
ミカン畑もたくさんあったが、各家の庭に1~2本の夏みかんの木があり、たわわに実っていたのがうらやましかった。
 
夏みかんの木です。
道路際でミカンの直売をしていて、ほんのり甘くて、酸っぱくて美味しかったです。
 
天城越えとタイトルを付けた以上・・・やっぱりコレでしょ
 旧道の天城山隧道です。
かなり大きなワンボックスカーだったので、道路事情が不安だったが、さすがに名所、道路の整備は万全でした。
 
 
 そうか、コレが寒天橋かぁ・・・といたく感心して、車からおりた。
 
我々が、わらわらと写真を撮っていたら、タクシーがくるやらで、人だかり。
 
今日はこのくらいにします。
つづきは・・・たぶん書きます。
12月21日

イタリア旅行記の26・・・ボルゲーゼ美術館の2

各展示室には、それぞれ剣闘士の間やエジプトの間などのテーマがつけられており、見たい絵は「女王ディドの間、元・三美人の部屋」と名付けられた第9室に展示されているとガイドブックは書いてある。
 
ところが、なめるように見て回ったが、ない!
 
見たいと渇望した絵はラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」なのだが、ラファエロの作品で有名な「降架」はしっかりと展示されていて、それはそれで見事だと思ったが・・・見たい絵はそれではない。
 
近くに監視員は見あたらず、1階のチケット売り場まで駆け下り「我、この絵を見たいと欲しているが、展示されていない。コレはなぜなのか、汝の説明を求める」のような英語で聞いたら、係員も「この絵はこの美術館の財産であり、必ず展示されている。汝の探し方が悪い、よく探せよ!」のような回答で、水掛け論に近い状態となった。
本当に困ったなぁと思っていたら、やりとりを聞いていた別の係員からイタリア語でベラベラッと声がかかり、いきなり手を取られて第9室へ連れて行かれた。
 
監視員が座っていた場所に近い部屋の隅に、5センチくらいの絵の写真と、どうやら10月3日までウルビーノの美術館に貸し出されているというような(だぶん)説明書があった。
係員には「ありがとう」と声をかけながらも、へたり込みそうなくらいがっかりした。
 
 
この絵はそれほど有名なモノではないが、この塩野七生の「銀色のフィレンツェ」という小説を読んだときから「どうしても本物が見たい」と思っていたのだった。
 
少し長くなるが引用します。
・・・・一番上に、金のふちどりにかこまれた緑のエメラルドがくる。そのすぐ下には、これも黄金でふちどりで守られたルビーがつながる。金製のふちどりの部分は、ところどころを七宝の焼きつけで飾ってほしいと注文した。そして、緑、紅ときた後に、真珠のしずくがたれるというつくりだ。このペンダントを首からさげるのは、極細の金の鎖を15本束ねたものにしたい、と注文する。・・・・
 
いかがですか?

贅沢にも、「大きくて上質な宝石を大胆に使ったものすごく豪華なペンダントだ」とイメージ出来るでしょ。
 
この描写の原画が、どうやら「一角獣を抱く貴婦人」だろうなと気づいたときから、ボルゲネーゼ美術館へ行き、この絵をみることが夢となっていた・・・のに、のに、と、すっかりと気が抜けたようだった。

それでも、「もう一度、ここに来い」ってコトなんだよと、無理にも気を取り直して、残る絵を気もそぞろに見学した。
 
 
写真禁止だったので、ポストカードから豪華なペンダント(イヤ!絵)をお楽しみください。
 
 
もう、ほとんど終わりですが、もう一回くらいお付き合いください・・・つづくです。
 
12月6日

イタリア旅行記の26・・・ボルゲーゼ美術館

ローマに来たら、どうしても絵を見るために、行きたいところが1カ所だけあった。
日本からのツアーでは決して寄らない「ボルゲーゼ美術館」だ。
 
ローマ市内の北側にある広大なボルゲーゼ公園の中にある美術館で、教皇を出した名門のボルゲーゼ家歴代の美術コレクションが展示されている。
チケットは人数制限付きの完全予約制で、午後は1時と3時に入れ替えで入場するシステムのようだった。
添乗員の助けを借りながら、どうにか取れた予約券を握りしめ、公園をせっせと歩いた。

ここは、ローマ市民の憩いの場所になっているようで、観光客では無さそうな人たちが、散歩をしたり、タンデムの自転車で散策していた。
美術館は、夏の別荘として建てられたモノだそうで、1階が半地下になっていて、チケット売り場とバール
まずは腹ごしらえと、バールでパニーニとカプチーノ(それくらいは言える・・・後は指2本だもんね)を買って、本当に立ち食い。

 


それにしても、日本人が全くいない・・・この英語力で予約券を引き替え、見たい絵が見られるかと心細いかぎり。
何しろ、写真にあるように入り口が2階だなと思えたので、ドアを押しては言ったら、いきなりイタリア語の強い調子でまくし立てられた。呆然とたたずんでいたら今度は、訛りの強い英語で、チケット売り場は一階だと言っている・・・ようだったので、あわてて1階に降りていったというわけだ。
 
チケット売り場では、コンピューターで予約番号を確認しながらチケットを売っていた。
一人8ユーロは、収蔵品の多さ(ウフィッツィなどと比べちゃダメです)から高いとは思えなかった。

中に入るには、ガイドブックとイヤホンガイド以外は持っちゃダメ・・・だという。(たぶん、そういわれたような気がする)
ありったけのポケットに、パスポートやらサイフやらを押し込んで、急いで買ったガイドブックを片手に1階から。
 
ボルゲーゼ家は彫刻家で有名なベルニーニのパトロンだったので、彼の彫刻が多くあり、一番有名なのが「アポロンとダフネ」だ。
貞淑なニンフ、ダフネの月桂樹への変身と、その後を追う光の神アポロンの姿を彫刻している。ダフネの手はすでに月桂樹の葉になっており、足の半分を樹皮が覆っている。ダフネの「助けて」と言う顔、そして全力で逃げていることがわかる真横に動いている髪の毛・・・あまりにすばらしくて、しばらくその場を動けなかった。
 
 
 
後ほんの少しだけつづくにします。
 

 

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いつの間にかアルビのとりこになっていて、いつの間にかオレンジのユニを着て大声を張り上げていた